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急な胃の痛みに要注意!急性胃粘膜病変(AGML)とは?〜原因・症状・治療・内視鏡の役割を解説〜

はじめに:急性の腹痛、その正体かもしれません

「昨日は何ともなかったのに、急にキリキリとした胃の痛みに襲われた」「吐血(コーヒーのような黒いカスが混じる場合も含む)や下血(タール便:真っ黒な便)があって驚いた」—このように、突然発症する胃の粘膜の急性の変化によって起こる病態を**急性胃粘膜病変(AGML:Acute Gastric Mucosal Lesions)**と呼びます。

AGMLは、文字通り胃の粘膜に急激な炎症や損傷が起こることで、強い症状を引き起こします。多くは一過性で治癒しますが、中には大量出血を伴う場合もあり、迅速かつ適切な診断と治療が必要です。

この記事では、AGMLがどのような病気なのか、なぜ起こるのか、内視鏡検査でどのように見えるのか、そしてどのように治療するのかを、患者様にもわかりやすく解説します。

急性胃粘膜病変(AGML)とは?

定義と一般的な病態

AGMLは、特定の原因によって胃の粘膜に急激な傷害が生じ、びらん(粘膜の浅い傷)や潰瘍(粘膜の深い傷)出血などを引き起こす病気の総称です。以前は「急性胃炎」と呼ばれることもありましたが、炎症だけでなく粘膜の**物理的な損傷(びらんや潰瘍)**が主な病変であるため、現在はこの「急性胃粘膜病変」という呼称が用いられています。

臨床的特徴

AGMLの臨床的な特徴は以下の通りです。

  • 急な発症:多くの場合、原因となるストレスや薬剤の摂取などから数時間〜数日以内に症状が現れます。
  • 強い症状上腹部(みぞおちのあたり)の激しい痛み不快感が主症状です。
  • 出血:症状が重い場合、粘膜からの出血により吐血や**下血(タール便)**をきたすことがあります。これがAGMLにおいて最も注意すべき合併症であり、生命に関わる場合もあります。
  • 可逆性:原因が取り除かれ、適切な治療が施されれば、**比較的短期間(数日〜数週間)**で粘膜の傷は治癒に向かいます。

AGMLの主な原因(成因)

AGMLは、単一の原因で起こるわけではありません。胃粘膜を保護する防御因子と、粘膜を攻撃する攻撃因子のバランスが、何らかのきっかけで攻撃因子優位に急激に傾くことで発生します。

主な原因は、大きく「内因性の強いストレス」と「外的要因」に分けられます。

内因性の強いストレス(ストレス潰瘍)

身体に強いストレスがかかった結果、胃の血流が低下したり、胃酸の分泌が過剰になったりすることでAGMLが発生します。これは、特に救命医療の現場で重要視される病態で、「ストレス潰瘍」とも呼ばれます。

  • 外傷・大手術:交通事故などの重度の外傷、広範囲の熱傷(やけど)、長時間にわたる大手術後など。
  • 脳血管障害:くも膜下出血や脳内出血など、頭蓋内圧が急激に亢進する病態。
  • 重度の心疾患・呼吸不全:心筋梗塞や重度の不整脈、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)など、全身の血流や酸素供給が低下する病態。
  • 重症感染症(敗血症):全身に細菌が回り、重篤なショック状態に陥った場合。

これらの場合、胃粘膜の血流が極度に低下し、粘膜の防御機能が破綻することで、胃酸による自己消化が進んでしまいます。

外的要因

日常生活で遭遇しやすい原因としては、以下のものがあります。

薬剤性

特定の薬剤が胃粘膜に直接的な刺激を与えたり、防御機能を低下させたりすることでAGMLを引き起こします。

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
  • 痛み止めや解熱剤として広く用いられる薬です(アスピリン、ロキソニン、ボルタレンなど)。
  • これらの薬は、胃粘膜を保護する物質である**プロスタグランジン(PG)**の生成を抑えてしまうため、粘膜の防御力が低下し、胃酸による傷害を受けやすくなります。
ステロイド薬
  • NSAIDsと併用することで、胃粘膜への傷害作用が増強されることがあります。
抗血栓薬
  • バイアスピリンなど、血をサラサラにする薬は、AGMLによる出血のリスクを大幅に高めます。

飲食物

多量のアルコール摂取
  • 特に高濃度のアルコールを大量に摂取すると、胃粘膜が化学的に損傷を受け、広範囲の急性炎症やびらんが発生します。急性アルコール性胃炎はAGMLの代表的な形態の一つです。
刺激物の大量摂取
  • 極端に辛い香辛料など、物理的・化学的に強い刺激物も原因となることがあります。

精神的ストレス

仕事や人間関係などによる過度な精神的ストレスも、自律神経の乱れを介して胃酸の過剰分泌や胃粘膜の血流低下を引き起こし、AGMLの一因となります。しかし、上記の「内因性の強いストレス」と比べると、単独で重篤なAGMLを引き起こすことは稀で、薬剤やアルコールなど他の要因と複合的に関わることが多いとされています。

AGMLの症状

AGMLの主な症状は、その重症度によって大きく異なります。

軽症例・中等症例

  • 上腹部痛:みぞおちの辺りがキリキリ、シクシクと痛む、あるいは重苦しいといった症状。
  • 上腹部不快感:胃が張る、もたれる、ムカムカするといった不快感。
  • 吐き気・嘔吐:胃の不調に伴う吐き気や実際に嘔吐することもあります。

重症例(最も注意すべき症状)

吐血(とけつ)

  • 胃粘膜の損傷部位から出血し、血を吐く症状。
  • 鮮血の場合もありますが、胃酸と血液が反応して変色し、コーヒーの残りカスのような黒っぽい液体固まりを吐くこともあります。

下血(げけつ)

  • 出血した血液が腸管を通過し、酸化されて排出されるため、**真っ黒でねっとりとした便(タール便)**が出ます。
  • 大量に出血した場合、貧血ショック症状(意識が朦朧とする、冷や汗、血圧低下など)を伴い、緊急の対応が必要となります。

これらの重篤な出血症状が見られる場合は、直ちに医療機関を受診する必要があります。

診断:内視鏡検査の役割

AGMLの確定診断と重症度、特に出血の有無や程度を確認するためには、**内視鏡検査(胃カメラ)**が不可欠です。

内視鏡の所見(病変の見た目)

内視鏡で胃の粘膜を観察すると、AGMLに特徴的な以下の病変が見られます。

びらん(Erosions)

粘膜の表面(粘膜層)が浅く欠損した状態。小さな赤み白い苔(こけ)状の付着物(フィブリン)として見られる。多くは多発性(多数の病変が同時に発生)する。

出血斑(Hemorrhagic Spots)

粘膜下の毛細血管が破れて出血し、点状の赤黒い斑点として広範囲に散らばって見える。

急性潰瘍(Acute Ulcers)

粘膜の深い層(粘膜下層)まで欠損が及んだ状態。深いえぐれとして見える。病変の底には白い苔状のフィブリンが付着し、しばしば出血を伴っている。

AGMLの病変は、胃の体部(中央部分)から前庭部(出口に近い部分)にかけて多発的・広範囲に認められることが多いのが特徴です。また、内視鏡検査中に活動性の出血(血が噴き出している、または滲み出ている状態)が確認された場合、その場で緊急の止血処置を行う必要があります。

治療法

AGMLの治療は、原因の除去薬物療法が基本となります。特に重症例では、内視鏡による緊急処置が必要となります。

原因の除去・排除

最も重要なステップです。

  • 薬剤の中止・変更:NSAIDsやステロイド薬が原因の場合、可能な限りこれらの薬の服用を一時的に中止するか、胃に負担の少ない別の薬に変更します。自己判断せず、必ず処方医と相談してください。
  • アルコールの制限:アルコールが原因の場合、完全に禁酒します。
  • ストレス管理:心身の安静を保ち、過度なストレスを避けるように努めます。

薬物療法

治療薬の種類 作用機序 具体的な効果
プロトンポンプ阻害薬(PPI 胃酸分泌の最終段階を強力にブロックする。 最も強力に胃酸の分泌を抑制し、粘膜の治癒を促進する。重症例や出血例で特に重要。
H2受容体拮抗薬(H2RA 胃酸分泌を促すヒスタミンの作用をブロックする。 PPIに次ぐ胃酸分泌抑制作用。
胃粘膜保護薬 胃の粘膜を物理的に覆い保護し、血流を改善する。 胃酸やペプシンから傷ついた粘膜を守り、修復を助ける。

これらの薬を組み合わせ、通常は数日から数週間服用することで、速やかに症状が改善し、粘膜の傷も治癒に向かいます。

内視鏡的止血術(緊急処置)

吐血やタール便を伴う活動性の出血がある場合、緊急の内視鏡検査を行い、そのまま止血処置を行います。

  • クリップ法:出血している血管の根本を専用の金属クリップで挟み込み、血流を遮断して止血します。
  • 局所注入法:出血している部位に、止血効果のある薬剤(エタノールなど)を注射針で直接注入し、血管を収縮させて止血します。
  • 高周波凝固法:電気エネルギーを用いて出血部位を焼き固めることで止血します。

内視鏡による止血術は、手術に比べて患者様の身体への負担が少なく、AGMLからの出血に対して非常に有効な治療法です。

AGMLの予後と再発予防

AGMLは、適切な治療を受ければ比較的早く治癒する病気です。

予後

原因が取り除かれ、薬物療法が行われれば、びらんは数日で、急性潰瘍も数週間で治癒に向かうことがほとんどです。しかし、重症の出血を伴い、全身状態が悪い(高齢、多臓器不全など)患者様の場合、大量出血によるショックや合併症により予後不良となるケースもあるため、重症例の初期対応は非常に重要です。

再発予防と生活習慣の改善

AGMLを繰り返さないためには、以下の点に注意し、生活習慣を見直すことが不可欠です。

  • 危険因子の回避:NSAIDs、ステロイド薬の不必要な服用を避ける。服用が必要な場合は、必ず胃薬を併用する。
  • 節酒・禁煙アルコールは胃粘膜を直接傷つけ、喫煙は胃粘膜の血流を悪化させるため、控えることが重要です。
  • ストレスの解消:適度な運動、十分な睡眠、趣味などで精神的なストレスを溜めないように心がける。
  • 食生活:熱すぎるもの、冷たすぎるもの、香辛料などの刺激の強い飲食物を避け、消化の良い食事を心がける。

当院の内視鏡検査について

当クリニックでは、急な腹痛や吐血・下血といったAGMLが疑われる症状で来院された患者様に対し、以下のような体制で迅速かつ的確な対応を行っています。

  • 緊急対応:AGMLによる活動性出血が疑われる場合、可能な限り緊急で内視鏡検査を実施し、診断と同時に止血処置を行います。
  • 丁寧な観察:経験豊富な専門医が、高性能な内視鏡システムを用いて、胃粘膜のびらんや潰瘍、出血部位を微細に観察し、病変の範囲や重症度を正確に把握します。
  • 最適な治療計画:患者様の原因(薬剤、アルコール、ストレスなど)を特定し、それに合わせた最適な薬物治療生活指導を組み合わせた治療計画を立案します。

急な胃の痛みや、いつもと違う色の便(タール便)が出た場合は、迷わず当クリニックにご相談ください。迅速な診断と治療が、AGMLによる重篤な合併症を防ぐ鍵となります。

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